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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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菅原神社

                             石川県:史跡

転びキリシタンがここに住んだ?


内藤如庵の子孫が住んだのではないかと言われる神社。

高山右近と共にマニラに追放された内藤如庵の息子、内藤采女(霊名トマス)が棄教して日本に戻り、81歳で死去するまで菅原神社に住んだとする説があります。主張しているのはカトリック金沢教会のカステラン神父です。



菅原神社


カステラン神父著「石川のキリシタン」によると、内藤如庵の嫡子、内藤采女は別名、休甫あるいは好次と号し、父が亡くなった後帰朝し、能登の萩谷村に住んだとのこと。

キリシタンだったことがあるので一旦江戸に行き取調べを受け、棄教したことを証明して戻り、菅原神社宮司、神戸清庵の娘、しいと結婚。1673年、81歳で没するまで当地で隠れるように暮らしたのではないかとしています。

その根拠として菅原神社に伝わる古文書に「杉采女」の名があり、それが内藤采女で、藩主から神社に住むことを許されたと書かれていることを挙げています。史料を様々な観点から精査する必要がありますが、それがなされていない現状では何とも言えません。




菅原神社

菅原神社

菅原神社

菅原神社


 
 現地への行き方
住所は羽咋郡宝達志水町紺屋町子113-1です。



この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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