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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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長崎キリシタン埋葬地

                              石川県浦上キリシタン埋葬地

流配先で亡くなったキリシタン


明治の世になっていたにも関わらずキリスト教禁令が解かれていなかったため、全国に流された長崎の浦上村のキリシタン。配流先のひとつである金沢には、最も多い人数の500名以上の信徒が連れられてきました。

劣悪な環境と食糧事情の中、厳しい取調べが行われたので、金沢での死亡者は全配流先20藩の中で最多となりました。
1998年卯辰トンネル建設の際に、彼らの遺骨であろうと推定される骨が見つかりました。



浦上キリシタン埋葬地


浦上キリシタンの埋葬地と推定される場所は、卯辰トンネル北口の西北斜面にあたる場所です。

通称「長嶺(ながみね)」と呼ばれる場所で、山の中腹の木々が削り取られた所が遺骨の発見地です。

墓穴13ヶ所から土葬された人骨40体が出土し、それらは現在国立科学博物館に保存されています。

出土した辺り


埋葬された人骨の出土は、新聞に発表され関心を集めましたが、浦上キリシタンのものだとするには決定的な証拠にかけていました。

副葬品があれば証拠になるのですが、信仰に関する物は没収され、手作りしたものは腐食しやすい物だったため、副葬品は発見されませんでした。

配流先で死亡した人のリストや埋葬記録もないためここに埋葬されたという物的証拠がなかったのです。

卯辰山トンネルの入口


しかし現地を訪れた浦上キリシタン研究者である三俣俊二氏が埋葬の向きに注目して浦上キリシタンである可能性を指摘しました。

その後金沢星稜大学教授森山誠一氏による徹底的な卯辰山調査の結果、発見された人骨は浦上キリシタンのものであることが確定的となりました。

ここは一番多くの信徒が収容された湯坐屋から東に500mほどの距離です。同胞を埋葬した信徒らは、東の空に彼らの冥福を祈ったかもしれません。


浦上キリシタン埋葬地

浦上キリシタン埋葬地

出土した辺り

卯辰山トンネルの入口


 現地への行き方
埋葬地を見るだけなら金沢市内から東長江地区に向かう159号線に乗り、卯辰トンネルを通って出口の左側にある山の斜面を見上げれば多少は見ることができるのですが、トンネル出口(入口)は一時停車できないため、写真撮影はおろか、ほんの一瞬見ることができるかどうかというところです。

159号線のわき道で卯辰トンネルの東長江口の横に停車できる道に出るには、奥のトキエのある三叉路の左手の道を進み、210号線にぶつかったら左折。しばらく進み、「御所ニユータウン」交差点を過ぎて最初に左手に出てくる道へ左折(「高田」バス停のあるところ)。進んで行くと農道に入りますが、さらに直進すると、その道の突き当たりがトンネル出入口の脇になります。農道なので農繁期は避けるなど十分注意して下さい。



この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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