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金沢城

                                石川県キリシタン関連史跡

高山右近が修築した城


1583(天正11)年に加賀藩初代藩主前田利家が入城し、以後前田家14代の居城となった城。幾度も火災に遭ったため、建物の大部分が焼失しましたが、平成に入ってから古文書や古絵地図を基に復元され、簡素で美しい姿をよみがえらせつつあります。

利家によって金沢に招かれた高山右近は、二代藩主となった前田利長にも仕え、その命を受けて金沢城を修築し、防御に強い城に変貌させました。


金沢城の石川門


石川門の左右には古い石垣が残っています。

利家の重臣篠原一孝が城の石垣を築いた時には、石垣に段差をつけていましたが、城の修築を命じられた右近はこれを手直ししました。

防御の観点から段差をなくし、今のような形にしたのです。このことで一時篠原一孝との関係が悪くなりましたが、その後和解し、右近追放の際には厚情を示しました。

新丸公園


金沢城修築にあたり、右近が新丸を築いた場所は、現在新丸公園となっています。

もともとはお寺や町人屋敷で占められた地帯だったのですが、それらを城外に移動させ、新丸としました。

高槻城築城の経験を生かして、1599(慶長4)年12月から翌年にかけてのわずか27日間で新丸築造し、大手堀を掘り尾坂門を大手門にするという大工事を成し遂げました。

大手堀


右近が新丸の外側に掘ったのが大手堀です。

写真奥に位置していた尾坂門を大手の正門にし、石川門を搦め手(からめて)にするというのが右近の立てたプランでした。

防衛の役目を終えた大手堀は、美しい景観をたたえて金沢の風物となっています。


金沢城の石垣は

石垣の博物館

ともいわれる

錦秋の大手堀


 
 現地への行き方
JR金沢駅から路線バスで「兼六園下」下車、徒歩5分。城内はとても広い上アップダウンもあるので、歩きやすい靴がおすすめです。



この地図は大体の位置を示すものなので、訪問の際は現地の案内や地図で所在地を確認してください。

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